私たちは、震災発生から3日間、国や企業やNPOなどからさまざまな協力を得て現地を回り、全体を把握するためのリサーチを行いました。 そして、大切な気づきが沢山ありました。 まず気づいたのは、「部分的な情報を持っている人は沢山いるけれど、全体の情報を把握している人は少ない」 という事実です。 そこで私たちは、「部品としては良いものが集まっているが、全体としてはチグハグになったりもったいない結果が出てしまうものを、 きちんとスムーズに機能するようにコーディネートする」ための専門家集団として支援にあたっています。 それは「国、自治体、赤十字、自衛隊、企業、市民グループ、個人ボランティア、 それぞれが力を発揮できるようにする」ということです。
通常の支援からもれる
見えない生命の危機に対して
ダイレクトな結果につながる
カタチのある支援
1. コーディネートや仕組みづくりといった後方支援を、軸となる活動とする。
2. 軸となる活動を圧迫しない範囲で、専門性を活かした支援協力を行う。
3. 通常の支援からもれる支援に特化し、自治体や他団体などによる継続的な支援体制が整った時点で、
活動を引き継ぎ、フォローアップにまわる。
4. プロセスと結果を明示できる、透明性の高い支援活動とする。
5. 独立第三者機関として、中立な立場で支援活動を行う。
自治体や自衛隊は圧倒的多数の生存者を対象としているため、少数派である乳幼児への流動食や、胃瘻、オストメイトが必要な方々、アレルギーを持つ方などへの支援は最優先にはなりにくい。そこで、そういった人の命をつなぐ物資を届けています。
気仙沼の元吉町の市区長から「地域にミルクの缶が1つしかない。至急送ってほしいと」の要請がありました。
確認すると、お母さんがミルクを求めて被災地を転々としてしまうので正確な数は把握できていないが、地域全体で200?300人くらいの乳児がいるとのこと。母乳が出る人もいるが、それでも足りない。ごく薄めて使ってもらっているが、もうなくなるとのこと。至急支援物資を募り、少量を山形からワゴン車で、また東京からはトラックで大量に輸送。同様に、足りていない大人用紙おむつ、子供用紙おむつも輸送しました。
その後、山形の病院と連携しケアが必要な人を収容できるスペースを130名分確保。輸送も病院経由でお願いし、危機を回避しつつあるが、まだ油断はできない状況。
「いわき市湯本高校 約420名で避難。お医者さんがいません。水・食料もありません。」との連絡をいただきましたが、電話が通じたため責任者に確認したところ、今は少量だが自治体からの配給があるとのこと。
水などが一応きているということは、自治体による支援の輸送経路が確保されたということ。この場合、水やおにぎりなどの配給は自治体に任せます。日本ユニバ震災対策チームの役割は、あくまで自治体側の手が回らないところ、生命の危険がある部分の支援です。
一方、危機的状況にある避難所もありました。「明日には灯油がなくなり、凍死の危険がある」との連絡をもらい、緊急に毛布500枚を配送することになりました。また、同様の問題を抱えている避難所が付近にないかリサーチしてもらい、逼迫した避難所にさらに500枚の毛布を配布することになりました。
メールで、「いわきの光洋高校で物資が不足。灯油がなく、お年寄りが暖をとれず7名死亡。近くの方は灯油、毛布、食べ物でも何でも光洋高校へ届けてください」との連絡がありました。
電話が通じたため責任者に確認したところ、ケアが必要な高齢者の老人ホームへの移送をボランティアと震災対策本部がやってくれたことで、危機的状況から回復していました。毛布も余っており、現在は命の危険にさらされている状態ではないとのこと。
つまり、自治体の支援が機能しているということなので、安全確認がとれた報告を情報提供者に入れ、完了となりました。